「則した」と「即した」 - 『本格折り紙√2』と『日本文化のかたち百科』の誤植
2012-02-17


以下は、いずれも「則した」という文字を使っているが、これは「即した」に修正したい。
図形に則した考えかたをする、ギリシアの数学の面目躍如の「名品」と言えるでしょう。
→即した 『本格折り紙√2』の26ページ、ユークリッドの互除法に関して。

もっと造形に則した折り紙と数学の関係もある。
→即した 『日本文化のかたち百科』「折り紙をひろげる」

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これに気がついた経緯は次のようなことである。
ある日、かなりくだけた表現なのにもかかわらず、「則って」という表記を目にした。「のっとって」である。訓読み漢字を仮名でひらくことが多いわたしは、文体との対応に微妙な違和感を持ったのだが、音読みの単語は漢字も使うので、「則す」という言葉はわたしも使うな、とも思った。ここで、待てよ、となったのである。「そくす」には「即す」と「則す」がある。似たような意味だが、使い分けがあるのではないか? 過去にどう書いたのかが気になって、活字になった自分の文章をチェックした。すると、上のふたつがでてきたのである。

『大辞林 第三版』によると、「即する」と「則する」は、次のように説明される。 即する。:離れないで、ぴったりとつく。ぴったりあてはまる。「事実に即して考える」
則する。:あることを基準として、それに従う。手本にする。「前例に則する」 『大辞林 第三版』

「事実」には「即して」、「前例」には「則する」。これはややこしい。
『新明解国語辞典』では、以下のように記述される。 即する:[理論やたてまえにとらわれることなく]その時どきによって変わる現実の事態に合う対処をする。[表記]この意味で「則する」と書くのは、誤り。「現実(変化)に即して/実際に即して考える」
則する:何かをする際に、理論・規則・方針など、基準(規範)となるものをより所とする。「建築基準法に則して/平等思想に則した政策」 『新明解国語辞典 第六版』

いつものように、「新解さん」は自信満々である。表記の誤りも指摘しているが、事実や現実と理論との峻別はそう簡単でもない。たとえば、「前例」は、現実なのか規範なのか。あるいは、自然科学において、事実の中に論理性を見るような場合は、どう考えればよいのか、などである。

漢字の意味に立ち返ると、「即」は「つく、近く、ただちに」、「則」は、「規範」といったことである。これに基づいた言い換えを考えると、「即した」は「寄り添った」で、「則した」は「規範にした」などとなる。これを、「照らしあわせた」とすると、どちらにも通用する言い換えに「なってしまう」。

「則した」は、比較的新しい用法である可能性も高い。『広辞苑 初版』(1955)には、「即する」のみが項目としてあり、「則する」はない。登場するのは第二版(1979)からだ。また、やや古い文献においては「則した」の実例はすくない。青空文庫の検索で見つかったのは、以下の二例だけであった。
天地の大道に則した善き人間となりたいという願い 倉田百三 『学生と生活 --恋愛--』 1953

そこの風土に則した工業を興すという点 三澤勝衛 『自力更生より自然力更生へ』 1979

倉田氏のものは、「理念にのっとった」ということで、「天地の大道を規範にした」という言い換えに適合するが、三澤氏のものは「風土を規範にした工業を興す」となって、やや解釈が難しい。「風土に寄り添った工業を興す」ならばより意味が通じやすいだろう。したがって、「即」がふさわしいと言える。単純な誤記の可能性も高い。しかし、「を規範にした」と似た意味の「に適合した」を使って、「風土に適合した工業を興す」とすれば、意味が通じる。誤用かどうかの見極めは、やはり難しい。さきに挙げた『大辞林』の「前例に則した」にも、この難しさがあるが、『日本国語大辞典 第二版 第八巻』の「則する」の用例もその例である。
その時作られる百科辞典は概ね、当該思想に則して編まれるのを常とする 渡辺一夫『フランスの百科辞典について』 1950


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