悪魔を折りますよ
2009-12-06


散歩は緊張する。
 まだあまり仲良くなっていない友だちと、都内の高円寺駅周辺を歩く。私は目を動かす。知らない街を好きになれるかな?
(略)
「お寺に行きましょう」
「その前に昼ごはんは?」
可愛い喫茶店で昼食をとる。食後のオマケに付いていたチョコの包み紙を彼は折り始めた。
「僕は折り紙が、得意なんですよ。本当の紙だったら、僕は悪魔が折れます。精巧ですよ」
「神は折れないんですか」
「神は一般的なイメージがないですからねー。悪魔は、シッポとか、角とか、みんなに通じるイメージがありますよね」
折り紙が上手な人なのかー、と、でき上がった包み紙を見てみたが、普通の鶴だった。
(略)
「上を見てください。モミジのトンネルになっていて、空が細切れに光ってます」
「本当だ。こんな風に僕は見上げたことがなかったです」
「本当の紙で、今度折り紙を折って見せてもらえますか?」
「一時間くらい放っといてもらえれば悪魔を折りますよ」
「私は、高円寺の街が、鼻血が出るほど好きになりました」
「ありがとうございます」
 僕がお礼を言うことじゃないですよね、と言いつつ今日の中で一番の笑顔になっている。あ、この人も、散歩に緊張していたのかな? 『高円寺に高円寺はありますか?』(『指先からソーダ』(山崎ナオコーラ著)から)

 というわけで、折り紙の悪魔である。折るのに時間がかかることなど、まちがいなくわたしの作品である。このエッセイが、新聞に掲載されたときにも「おお、折り紙の悪魔だ」と気がついていたのだけれど、単行本になっているということを知って、今日買ってきた。
 その後、山崎さんとこの彼は、仲良くなったのだろうか。まあ、どこまで実話でどこからフィクションなのかもわからないが、わたしの考えたものが、ミーム(文化的遺伝子)として、思いもよらないところでなにかをなしていると思うと、素直にうれしい。
 ただ、わたしは、折り紙の技で女性にモテたという話はあまり知らない。「手が好きで やがて すべてが 好きになる」(時実新子)という一句があるように、男性の手に惹かれる女性が多いという話は聞かないでもない。そういえば、読んでいないけれど、山崎さんも『手』という小説を書いていたはずだ。
 ボーイフレンドが複雑な折り紙作品を折っている。その手を黙って頬杖をついて見ている女性。なんて図は、絵にならなくもなくもない。
 いや、待てよ。折り紙を折ってガールフレンドの気をひこうとしたけれどふられた、という話を聞いたことがあったぞ。別に折り紙のせいじゃないと思うけれど。
 それにしても、山崎ナオコーラさんという筆名は、辛酸なめ子さんには負けるけれど、とんでもないよなあ。考えてみれば、手塚治虫という筆名も変だけれど。
[折り紙]

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