「千の風」を計算する

コメント(全5件)
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glauke ― 2010-11-14 04:55
おはようございます。
生物学の「ミクロコスモス」、なぜ「コスモ」がついているのか、の疑問
を今年の細胞生物学の講義が解いてくれました。

生命の特徴は、のところ、「モノが同じということに連続性を見るのは」
を言い換えて、「生命の材料が永続的に同じと考える」ということですか?
すいません、、学力ないんです、、。これ以上ないっていうぐらいにくだ
いて欲しいです。もやもやしてます。
maekawa ― 2010-11-14 19:50
われわれの材料は星の残骸です。そして、引用した沢田さんの短歌の中には、「夢のつづきか」という言葉があります。「思い込み」というか、想像力の飛躍を感じるのは、ここです。そこが詩的でもあるわけですが。

 原子はどの原子であっても区別がつかず、情報や記憶(?)が、原子に刻まれることはありえません。「モノが同じということに連続性を見るのは、思い込みが強いと言えるかも」と書いたのは、例えとしてよいのかどうかわかりませんが、次のようなことです。

 紙に印刷された本と、そこからつくられた電子データの本は、まったく同じとは言えませんが、似たように扱えます。そして、紙の本の原料は木などですが、その木には、本に書かれた情報はありません。本の「本質」は、モノとしてか、情報か、ということです。生命の場合、ここまで単純ではありませんが、似たようなことは言えるでしょう。
(じつは、本の場合も、読む者との相互作用を考えると、単純ではないのでしょうが)

 「千の風を計算する」は、「夢のつづきか」と似た想像力を、詩ではなく、一種の冗談として書いたものと、考えてください。

 ちなみに、コスモスの語源は秩序ということなので、生物などで、ミクロコスモスと呼ぶのは、「自律する秩序を持ったもの」という意味だと思います。
(未記入) ― 2010-11-14 20:37
こんにちは。
分かりました。ありがとうございます。詩の解釈、前川さんの文意もよく分かりました。(と思います、すっきりしました。)
余談:バルセロナを訪問しました。街には幾何学的模様(タイルや建築)が多くあり幾何学ファンにも楽しい街だろうなぁと思いました。
nalu ― 2010-11-19 05:20
はじめまして。
何故か “おそらくは今も宇宙を走りゆくひとつの光ミズヲクダサイ”
を思い出してしまいました。。。

紙とインクと文字、言語、物質と情報量というのも不思議なものですね。
分子生物学と唯脳論でいくと、脳は脳を理解可能なりや? というところで私は一時停止しちゃうのですが orz
maekawa ― 2010-11-19 12:49
知りませんでしたが、これは、原子爆弾の閃光を詠んだ歌ですね。
(ネットで検索し、岩井謙一さんの歌であると知りました。なお、「ひとつの」ではなく「ふたつの」でした。広島と長崎)

宇宙を詠んだ歌は多いですが、これは強烈な印象を与える歌です。
あの閃光の光は、今65光年のかなたにあります。木星の探査を終えたパイオニア10号が、200万年後に到達するという牡牛座のアルデバランがちょうどそのぐらいの距離になります。

それが「観測可能」かどうか、ざっと計算をしてみました。詳しいことは省きますが、怪しい仮定を含みつつ、65光年先では、10平方kmあたり数個の光子という計算になりました。

宇宙、星の歌と言えば、与謝野晶子が鉄幹が逝ったときに詠んだ次の歌は、恋歌・弔歌として、破格のスケールだなあ。

冬の夜の星君なりき一つをばいふにはあらずことごとく皆

この冬の星はあなただ。ひとつだけではなく、全部があなただ。晶子さんが目に一杯の涙を溜めて、星空に、…抱かれているというより、対峙しているさまが浮かびます。

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